最高裁判所大法廷 昭和22年(れ)342号 判決 1948年12月08日
主文
本件上告を棄却する。
理由
辯護人馬淵分也の大法廷開廷申立書第一乃至第三及び上告趣意第四點について。
憲法第二五條は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を營む權利を有する。国は、すべての生活部面について、社會福祉、社會保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定している。そして食糧管理法は、新憲法施行前の法律ではあるが、所論のごとく、国民食糧の確保及び国民經濟の安定を圖るため、食糧を管理し、その需給及び價格の調整並びに配給の統制を行うため制定せられた法律であることは、同法第一條によって明白であるから、その制定の目的は、公共の福祉すなわち国民全般の食生活その他一切の經濟生活を安定確保するにある。そして、その目的を達成する手段として同法第二條において、先ず政府の管理すべき国民食糧の範圍を勅令(政令)を以て定めるいわゆる主要食糧に限定し、同法第三條乃至第三〇條において、その主要食糧を管理する基本方針として、主要食糧の生産者からその餘剰食糧を供出せしめ、これを一般消費者に對し、出來得る限り多く配給せんとすることを規定したものである。されば国民中食糧生産者は、この法律によって直接その生命又は生活を害せられることなく、また、一般消費者は、この法律によって寧ろその生命又は生活を保障せられるのであるから、同法は憲法第二五條所定の国民の生活權を害するものではなく、寧ろこれを擁護する立法であるといわねばならぬ。しかるに所論第一は食糧管理法の第二條以下第三〇條迄の規定では、その目的の運用に相當する規定がないため、憲法第二五條謂うところの国民の健康で文化的最低限度の生活を營む權利を擁護することができないから、食糧管理法は右憲法規定の違反であるというにある。しかし、假りに所論食糧管理法の規定では、同法の目的達成に相當でなく、從って憲法第二五條所定の生活權を擁護するに充分でないとしても、かかる主張は、立法不備の非難たるに止まり、現存する食糧管理法をして、その目的を同じくする憲法第二五條の規定に抵觸せしめ、惹いて、その條規に適合しない違憲立法たらしめる理由となるものでないこと、前述の説明により多言を要しないところである。それ故所論第一は憲法適否の上告理由として到底採用するを得ない。
次に、政府の主食糧配給處分が假りに所論第二のごとく、憲法違反であるとしても、その處分の如何は、原判決に何等影響を及ぼすものでないこと明白である。從って、本件刑事判決における上告理由として、これが行政處分の取消を求めることは全く筋違いであって、上告適法の理由とならない。それ故所論第二も採るを得ない。
以上のごとく論旨第一、第二は採用することできないものであるから、從ってこれを前提とする論旨第三及びこれらの論旨を援用する上告趣意第四點はいずれもその理由がない。
同上告趣意第一點について。
しかし、所論は要するに原判決の事実認定の手續が憲法第三八條、刑訴應急措置法第一〇條各第三項に違反するというに歸する。そして、本上告は、刑訴第四一六條所定のいわゆる飛躍上告であって、かかる上告は、刑の廢止若しくは變更又は大赦あったことを理由とする外「判決ニ依リ定リタル被告事件ノ事実ニ付法令ヲ適用セズ又ハ不當ニ法令ヲ適用シタルコトヲ理由トスルトキ」でなければ上告をなすことを得ないものである。
然るに本論旨は、右の各場合に當らないから、飛躍上告適法の理由とならない。
同第二點及び大法廷開廷申立書第四について。
しかし、裁判所は、所論のごとく、法令に對する憲法審査權を有し、若し或る法令の全部又は一部が、憲法に適合しないと認めるときは、これを無効としその適用を拒否し得るものであると共に、有罪の言渡をなすには、その理由において必ず法令の適用を示すべき義務あるものであるから、當事者において、或る法令が憲法に適合しない旨の主張をした場合に、裁判所が有罪判決の理由中にその法令の適用を舉示したときは、すなわち、その法令は憲法に適合するとの判斷を示したものに外ならないと見るのを相當とする。それ故原審における所論の主張に對して、特に憲法に適合する旨の判斷を積極的に表明しなかったからと言って、所論のように、判斷を示さなかった違法ありといえない。從って本論旨は、いずれもその理由がない。
同第三點について。
しかし、所論の審理不盡理由不備の論旨は、上告趣旨第一點について説明した理由により、本件飛躍上告適法の理由とならない。
上告趣意第一點についての理由に關し、裁判官真野毅の少數意見は、次のとおりである。
本件は、いわゆる飛躍上告事件である。刑訴第四一六條第一號によれば、「判決により定りたる被告事件の事実に付、法令を適用せず、又は不當に法令を適用したることを理由とするとき」においては、區裁判所又は地方裁判所においてした第一審の判決に對し控訴をしないで上告をすることができる。それは、第一審裁判所が認定した事実そのものについては別段異議はないが、ただその事実に對して適用すべき法令を適用しなかったとか、又は適用すべからざる法令を不當に適用したとかについてのみ異議があることがある。かかる場合には、單に法令の適用の當否だけを争うのであるから、控訴審の一段階を飛び越えて直ちに法律審である上告裁判所へ上告してその法律判斷を受け得ることの方が、當事者の便宜から言っても、訴訟經濟の上から言っても、好ましく適當であると言わなければならぬ。これが、前記法條で飛躍上告の認められている立法趣旨である。されば、この飛躍上告の上告理由は、本質上法令適用の當否の點だけに限定せらるべきであって、事実關係は、確定不動のものとして爭うことを許されないのである。所論は、前記法條に「被告事件の事実に付不當に法令を適用したること」とある中には、「被告事件の事実認定につき不當に法令を適用したること」をも含むものと解したもののごとくである。成程法文を形において卒然として讀めば、さように讀み違い易い點がないこともない。他にも時々同じ様な事例が起る。しかし、これはその立法趣旨を理解しないことに基くものであって、その誤りであることはまさに前述のとおりである。だから、論旨のように、事実認定又はその前提たる證據の取捨に對する非難攻撃を加えることは、何れも飛躍上告適法の理由とはならない。(多數説は、單に論旨が、刑訴第四一六條に掲げる何れの場合にも當らない、というだけの理由を述べているに過ぎない。これは、間違ってはいないが、あまりにも漠然とした一般的、抽象的な判示の仕方であって、焦點がピッタリ論旨に合っていない感がする。判決は、特殊的、具體的な上告趣意を對象とする判斷であるから、當然の歸結として十分特殊性、具體性をそなえた的確な判示をすることが、正しく、厳しい判決態度--これは從來あまり論ぜられていないが非常に根本的な重大な問題である--であらねばならぬ、とわたくしは平素から確信している。たまたまこの機會に少數意見に託して所懐の一端を述べたまでのことである。)
以上の理由により、刑訴第四四六條に從い主文のとおり判決する。
この判決は、理由に關する少數意見を除き、裁判官全員一致の意見によるものである。
(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)